宮崎のIT企業誘致の歩み│なぜ九州の地方都市にIT企業が集まるのか
コロナパンデミックや働き方改革の影響を受けて、IT企業の地方移転やサテライトオフィスの開設が加速しています。そんな中でIT企業誘致の成功事例として注目されているのが九州の宮崎です。
宮崎では県や市が主体となってIT企業誘致を推進。近年ではこうした企業から巣立ったメンバーがITベンチャーを立ち上げるなど、新たな潮流が生まれています。
今回は宮崎のIT企業誘致の歴史を時系列で振り返りながら、なぜ九州の地方都市・宮崎にIT企業が集まったのか?を考察していきます。
【世代別に解説】宮崎の企業誘致の歴史
宮崎では長年、中心市街地の空洞化や若者の県外流出が課題となってきました。
畜産や農業が盛んな宮崎では一次産業への従事者が多く、旭化成グループが拠点を置く県北を中心に二次産業も盛んです。一方でオフィスワークやIT企業といった若者にとって魅力ある雇用は少なく、「地元の高校や大学を卒業後に県外で就職する」といった流れが顕著でした。
こうした状況に危機感を覚えた自治体では、IT企業誘致を推進。とくに宮崎市では10年スパンで新たな雇用創出に乗り出すなど、本腰を据えてIT誘致に取り組みます。その結果2020年までに2,800人以上の雇用創出に成功し、地方でのIT誘致の成功事例となりました。
さて、自治体が積極的な誘致活動に取り組んだことは成功要因の一つでしたが、宮崎では先行したIT企業が土台を築いたことで、次世代のIT企業の進出を促した点も特筆すべきポイントです。その歴史を時系列で振り返っていきましょう。
第1世代│宮崎の地にIT雇用の土台を築く
宮崎IT誘致の第1世代と呼べる先駆者的な存在がDELLです。
DELLは2005年、国内向けのカスタマーサポートセンターとして宮崎カスタマーセンターを設置。当時は“IT未開の地”だった宮崎でしたが、自治体からのラブコールや支援体制の充実を理由にオフィスの開設を決断しました。コールセンター業務だけでなく、電話やWebを活用した営業活動や契約更新といったテクニカルサポートも担うなど、それまでの宮崎にはない新しい職域を設けた点も成功を後押し。また給与水準が都市圏ベースで魅力的だった点も大きなポイントです。
第1世代としてはトランスコスモスも宮崎のIT誘致の成功事例です。トランスコスモスはDELLより早い2002年に、宮崎市の青島にアウトソーシング型のコールセンターを設置。さらに2007年には宮崎駅前にもセンターを開設し、多くの雇用を創出しています。
宮崎市の中心市街地で本格的なIT誘致の取り組みが始まるのが2010年。そこから振り返ると、ある程度の雇用規模を持った両社がいち早く宮崎に進出したことで、IT雇用の土台を築いてくれたと言えます。
第2世代│本格的なIT雇用や誘致の流れが生まれる
宮崎のIT雇用で大きな役割を果たしたのがアラタナです。アラタナは2007年に設立されたITベンチャーで、年々事業規模を拡大。「宮崎に1000人の雇用をつくる」をMissionに掲げるなど地域活性化や地域貢献の文脈からも積極的な企業活動を展開しました。2020年には株式会社ZOZOに吸収合併されましたが、後述する第3世代にはアラタナ出身のメンバーも多く、宮崎のIT雇用や人材創出の流れをけん引した功績は大きいと言えます。
デジタルマーケティングを担うMANGOも第2世代の一つです。同社はセプテーニのグループとして2009年に設立されましたが、宮崎で独立した企業活動を展開。宮崎に本社がある強みを活かし、地域にコミットしながら多くのIT雇用を生み出しました。
また2015年にはGMOインターネット株式会社が企業立地認定を取得し、宮崎にオフィスを開設しています。GMOはその後も、GMO TECH株式会社(2016年)、GMO NIKKO アドキャンプ株式会社(2017年)、GMOドリームウェーブ株式会社(2017年)などグループ企業が次々とオフィスを開設し、宮崎でのIT雇用創出に貢献しています。
第2世代が宮崎で活発に事業活動を進めたのは、ちょうどリーマンショックによる金融危機(2008年)とタイミングが一致します。日本でもその影響は大きく、企業は収益性を高めるため抜本的なコスト削減を迫られました。IT企業のように働く場所を選ばない業種は、オフィス機能を地方に移転させることでコスト削減を実現できます。結果として、宮崎がIT誘致に積極的に乗り出したタイミングと、都市圏のIT企業が地方移転を検討したタイミングが一致し、双方にとってWin-Winの関係が成り立ったとも考察できます。
さて、こうした第2世代の躍進を支えたのがインタークロスです。インタークロスは2006年にWeb人材向けのキャリアデザインスクールとして開校。地方移転やオフィス開設を目指すIT企業にとって、専門的なスキルを身に付けた人材の確保は大きな課題です。インタークロスは同校で即戦力となる人材を育成。同時にIT企業の求人や転職向けのサービスを提供することで、企業と人材のパイプ役として不可欠な存在となりました。
第3世代│コロナパンデミックをきっかけに新しい働き方が定着
第1、第2世代を経て、現在宮崎では第3世代と呼べる新たな潮流が生まれています。第3世代で大きな転機となったのが、コロナパンデミックです。感染拡大防止やリモートワークの推進により、企業はこれまでの働き方を大きく変化させる必要に迫られました。
情報セキュリティを担うSHIFTグループのKRAF(クラフ)は2017年に宮崎市で創業。IT未経験の人材でも活躍できる環境を整えることで、現在は150人まで雇用を拡大。「1,000人の雇用をつくる」をミッションに掲げるなど、宮崎IT新世代のけん引役を担っています。KRAFでは2020年にオフィスの移転を実施しましたが、移転直前にコロナパンデミックが拡大。そこで、当初の計画を大きく軌道修正し、国内初の「ソーシャル・ディスタンス・オフィス」を開設しました。従業員の安全を守るために、県内の企業でもいち早くリモートワークを導入するなど、スピード感をもって「Withコロナ」「Afterコロナ」型の体制を構築しました。リモートワークでも定常のパフォーマンスを発揮できる体制が確立。結果として、子育て世代や県外在住の人材でも働きやすい環境が整ったことで、採用面で大きなアドバンテージを得ました。
また前述したGMOは2021年2月「GMO hinataオフィス」と名付けられたサテライトオフィスを開設します。同オフィスでは、これまで宮崎で6箇所に分かれていたグループ会社を集約。さらに本社で担っていた業務の一部を宮崎オフィスに移設。コロナパンデミックで都市部での暮らし方が見直されたタイミングで、地方で暮らすという新たな選択肢を提供しています。
県内のIT企業の移転では、リモートアシスタントサービスを提供するキャスターが、2017年11月から宮崎県西都市に新拠点を設立。西都市としては初のIT企業誘致となり、大きな話題となりました。2019年には本社機能も移設しています。
第3世代では新興のベンチャー企業の活躍も光っています。
「旅するように働く」をテーマに、PMOやWebマーケティングを提供するLibertyship(リバティシップ)は、副業やリモートを活用した運営が目を引きます。年間200日はリモートや在宅勤務で過ごすなど、現代のライフスタイルやワークスタイルと親和性の高い体制が強みです。
宮崎市に本社を構えるrefactory(リファクトリー)は、EC構築やマーケティング事業を展開しながら、自社EC「イノホイ」で鳥獣対策グッズや販売。また、町工場のものづくり企業から生まれる質の高い商品を自社運営のマーケットプレイスで販売するなど、デジタルテクノロジーとものづくりを組み合わせることで新たな価値を創造しています。
KRAF、Libertyship、refactoryの3社は、第2世代のアラタナ出身者が創業したベンチャー企業。地元紙ではメンバーが創業した企業を“アラタナマフィア”として紹介するなど、アラタナで培ったノウハウやスキルをそれぞれの領域で事業化し、魅力ある企業として成長を続けています。
また事業承継マッチングプラットフォーム「relay(リレイ)」を使って、担い手不足の課題解決に取り組むのがライトライトです。「事業承継をオープンに。」を合言葉に2020年に設立。日本では2025年までに約127万社が後継者不在で廃業せざるを得ないとされています。ライトライトではこうした問題にrerayを使ってアプローチ。これまでクローズドな環境でやり取りされがちがった事業承継に新たな光を当てています。
いずれにしても、第3世代はコロナパンデミックという“危機”を“転機”に変えた点が大きな共通項といえます。下記の記事でも紹介したように、リモートワークが市民権を得たことは、IT企業にとって人材を獲得する上での大きなアドバンテージとなりました。いつの時代にも、社会情勢が一変するパラダイムシフトにより追い風を受ける企業は多いものです。コロナパンデミックではIT企業がその代表格と呼べるのかもしれません。
まとめ
今回は宮崎のIT企業誘致の歴史を時系列でご紹介しました。
現在宮崎では、新興のベンチャー企業が続々と誕生し地域経済に新たな価値を提供しています。また、GMOやキャスターのように、全国的にも知名度が高い企業の宮崎オフィス開設は、新たな企業を誘引する上でも大きな意味を持ちます。企業間での人材の交流や流動性が高まるなど、ポジティブな循環が生まれており、地域のIT誘致が“自立”状態にシフトしはじめたと言えそうです。