人生で学んだ、使える4つの価値観

ミライラボは私自身のこれまで10年を超えるベンチャー企業を経営してきた経験を元に、私がやりたくて、やれることを通して、企業や個人の成長をサポートしていきたいと考えています。

ここでは、個人の簡単なプロフィールと、これまでの人生で学んだ(そう感じている)大切な価値観のお話しをしたいと思います。

山本稔(Minoru Yamamoto)

1978年三重県生まれ。鈴鹿高等工業専門学校を卒業後、エンジニアリング会社に就職。

その後、株式会社リクルートへ。リクルート在職中に株式会社アラタナの創業に参画し、2008年に取締役就任。

2018年同社を退任した後に、株式会社ミライラボを立ち上げる。

ほしいものは自分で作る

幼少期、何かを買って欲しいとお願いした記憶がありません。小遣いをもらっていた記憶もありません。とはいえ、何か不自由した記憶もありません。

実家はすごく田舎にあり、家も自分の山の木で作ったくらいで、木材や加工道具はそろっており、それらを使ってよくモノづくりして遊んでいた記憶があります。不自由を感じなったのは、「ほしいものは自分で作る」ことが、自然だったからなのではないかと。

今思うに、「ほしいものは自分で作る」という原体験は、私自身に良いように作用しているなぁと感じます。

自分で決めないと結果は出ない

中学時代、塾には通ったことはあるけど、全然、成績は上がりませんでした。でも、3年の夏に、高専に入ろうと決めてから、学力が着きました。参考書を買い、半年間ひたすら独学を深夜まで。真ん中くらいの成績でしたが、受験時にはトップ10%くらい入れる様になり、ギリ高専に入学できました。

いくら環境が整えられたとしても、本人がそうしたいと本気で思っているのか?最後は、自分で決め(約束する)なければ、結果が出るところまでは行きにくい。

今でも、仕事をするうえでも、この原体験は重視している点です。

人がやらないことをやる

高専卒業後、前川製作所というエンジニアリング会社に入社し、ケミカルブロックという事業部に配属になりました。名前がかっこいいなと思い、希望して配属されたのですが、後から聞いた所によると不人気部門だったようです。。。(難しいとか、キツイとかとんな感じだったと記憶しています)

おかげで(人員が少ないので)、入社当初から権限を与えて頂け、プロジェクトを自分で回す機会が多かったため、仕事は指示がもらえないのが標準になりました。

また、宮崎に来る切っ掛けとなった、チキンブロック(食鳥関連)への事業部異動でも、事業部初の案件に配属されました。初案件の中でも、さらに誰も希望しなかった、食鳥の前工程(屠殺~脱毛)の担当に手を上げました。(ベンチャー界隈で、鳥の屠殺経験がある(しかも、2羽/s処理の国内最速ライン)のは僕くらいだろうというのは、密かな自慢)

結果的に1年後に、災害復旧工事の担当(会社でやれるのが私だけだったので)になり、プロジェクトXバリの案件にアサイン。

だれもやったことがない事に手を上げる→即、第一人者になる→重要な仕事が回ってくる→成長速度が速まる。この好循環は、自分で取りに行くことで、どんな会社にいようとも、誰もが得られることです。

意義は見つけるもの

20代で職能と貯金を蓄え、30代でベンチャー企業に挑戦しました。「自分たちが働きたい会社を作ろう!」と考え、スタートしましたが、さすがベンチャー。

担当する業務はどんどん変わります。重宝される人材像もどんどん変わります。競合やトレンドにより、提供するサービスの形もどんどん変わります。外部・内部の要因で、個人の好みとは関係なく、否応なしに変化していく(せざるをえない)ことを目の当たりにしたわけです。

その折、地方創生がブームになり、自分たちの会社が良い例として取り上げられることが多くなり、いつしか地方創生の意義と、私がしている仕事の意義を重ねる様になりました。

仕事の意義は会社が準備しているのは足りない(変わってしまうから)し、自分本意過ぎてもズレていきます。流れの中で、「意義を見つけていく」スタンスが良いのではないかと考えています。

これから・・・

これまでを振り返り、それぞれの時期にどんな体験と学びを得たのかを文字にしてみました。

  • ほしいものは自分で作る
  • 自分で決めないと結果は出ない
  • 人がやらないことをやる
  • 意義は見つけるもの

は、私自身を今の場所まで導いてくれた価値観だと思います。

20代はサラリーマン、30代で経営者を経験しました。次の10年、40代で何を体験し、何を学ぶのか期待しながら、ミライラボという箱で仕事しようと思います。