1万時間の法則、自律的な地方ベンチャーの輩出

「地方創生」を合言葉に、地方都市でのベンチャー立ち上げが増加した2010年代。そこから十数年が経ち、コロナパンデミックや働き方改革の影響を受け、地方ベンチャーがあらためてフォーカスされ始めています。

一方で、都市圏に比べ人口や企業の母数が少ない地方では、安定した事業運営を継続できる“自律的なベンチャー”の輩出が課題となっています。瞬間風速的な成功ではなく、持続的な成長を見込めるベンチャー輩出の鍵はどこにあるのでしょうか。

ヒントとなるのが「1万時間の法則」です。

プロ人材育成のヒントとなる「1万時間の法則」

そもそもベンチャー企業の立ち上げに向け、なんの準備もなく取り組むのはあまりにリスクが高いと言えます。創業後に「走りながら考える」のはベンチャーの特色とはいえ、一定水準以上のスキルの習得やノウハウの蓄積は不可欠です。

では、こうしたスキルやノウハウを持ったプロ人材の育成にはどれくらいの時間が必要なのでしょうか。

ビジネスの世界でしばしば用いられるのが1万時間の法則です。1万時間の法則とは、「ビジネスやスポーツ、芸術といった物事を極めるためには、1万時間の経験や練習が必要」という考え方です。これはワシントンポストのビジネス記者やニューヨーク支局長を務めたジャーナリスト、マルコム・グラッドウェル氏が提唱したもの。

同氏の著作『天才!成功する人々の法則(原題:Outliers)』では、どの分野においてもプロフェッショナルと呼ばれる人物は、1万時間の練習を積み重ねていることに言及。全米で大ベストセラーとなりました。

1万時間の「成功」と「失敗」を積み上げることが重要

この考え方を参考にすると、自身のスキルやノウハウを元にお金を稼げるプロ人材になるには、1万時間が一つの目安となります。1日8時間に換算すれば約3.5年、やや多く見積もれば約5年程度です。

この1万時間で得られるのが「成功」と「失敗」です。とくに注目したいのが、失敗の経験をどれだけ積み上げられるかということ。

自律的なベンチャーを運営する多くの起業家は、共通して失敗の経験を多く積み上げています。失敗から学びビジネスの勘どころや引き出しを増やすことで、自らの技能を高めていきます。次第に成功の割合が高まりキャリアアップや転職へ、さらにこうしたサイクルの中から新しいアイデアや課題意識が生まれれば、ベンチャー立ち上げへと結び付きます。

地方に求められるのは「成功」と「失敗」の場を用意すること

さて冒頭で「地方では都市圏に比べ人口や企業の母数が少ない」と述べました。これは1万時間の法則に照らし合わせると、スキルやノウハウを積み上げる環境や場(企業や職種)が少ないといえます。

環境が少なければ1万時間の「成功」と「失敗」を積み上げる機会も限られます。ごく一部の人材しか技能を磨くことができない結果、“自律的なベンチャー”の輩出に結び付かない訳です。

ベンチャー支援の方法として資金援助やオフィスの提供といった取り組みは多いですが、これは技能を磨く機会が多く、1万時間を経験した人材が多い都市圏向けのアプローチといえます。地方が自律的なベンチャーを継続して輩出していくには、その一歩手前の段階である『「成功」と「失敗」の場』を用意することが重要といえます。

成長の場が用意されベンチャー輩出が加速した宮崎市

最後に、宮崎市の事例をご紹介します。宮崎市は成長の場が用意されてことで、多くのベンチャーが輩出された成功事例として有名です。

宮崎市では市街地の活性化や若者の県外流出への対策として、IT企業の誘致に10年スパンで取り組みました。行政の手厚いサポートや宮崎ならではの環境の良さに注目し、複数の大手IT企業がサテライトオフィスを開設。また地域発のITベンチャーが登場するなど新たな雇用創出や、職域の多様性が生まれました。

ここで注目したいのが、その後も新たなベンチャー企業が続々と誕生しているということ。こうしたベンチャーを立ち上げているのは、大手IT企業や地域発ベンチャーで研鑽を積んだメンバー達です。まさに『「成功」と「失敗」の場』が用意されたことで、新たな地方ベンチャーの誕生に繋がった好例といえます。

また多くのIT企業が地域に集まることで、企業間の人材の流動性も高まりました。ベンチャー立ち上げでは専門スキルに長けたプロフェッショナルの採用がハードルとなります。宮崎市のように、地元でプロ人材を採用できるアドバンテージがあれば、ベンチャー立ち上げへのハードルがさらに低くなります。

まとめ

今回は、地方での安定した事業運営を継続できる“自律的なベンチャー”の輩出について、「1万時間の法則」をヒントに解説しました。

1万時間の法則は、「物事を極めるためには1万時間の経験や練習が必要」という考え方です。ビジネスでは業務に取り組むことで数多くの成功と失敗を経験し、こうした時間を経てベンチャー立ち上げに結びつきます。

視点を変えれば、1万時間の成功と失敗を積む環境がなければ、自律的なベンチャーの排出には結び付かないということ。ベンチャー支援では資金援助やオフィスの提供などが注目されがちですが、地方のように企業や職種が限られている環境では、その前段階となる経験を積む環境を用意することに注力する必要がありそうです。